昨日のテレビ番組、NHKの「プロジェクトX」で、葉っぱビジネスの「株式会社いろどり」が取り上げられていました。
久しぶりにこの話題がテレビで紹介されることを知り、興味深く見させていただきました。
私がIT関連の会社を起業して数年目くらいの頃、松江の島根県立美術館で、横石氏の講演がありました。
そこで、卓越したマーケティングと、誰もがその価値に気が付かなかった葉っぱをビジネスにする発想、「葉っぱビジネス」のお話を直接聞くことができました。
講演のあと、希望者は館内のレストランで横石氏と会食することができ、私は幸運にも同じテーブルとなりました。
講演だけでなく、食事をしながら横石氏から直接お話を伺うことができたのです。
これは当時、講演後に県立美術館のレストランで、横石氏と一緒に撮らせていただいた写真です。

当時の私はIT関連のビジネスを起業していて、農家などの生産者が、誰でも簡単にインターネット通販を行うことができる、全国初の独自システムの開発と運営をしていました。

私の開発したシステムは当時NHKでも取り上げられていたこともあり、その話を横石氏も興味深く聞いてくださいました。
すでに横石氏は、PCを使ったシステムを「いろどり」の現場に導入しておられ、高齢者の農家の方々も、それを使いこなしながら仕事をされていました。
私はこの時、横石氏の斬新なビジネスモデルに大きな衝撃を受けました。
特に印象に残ったのは、地域にいる高齢者を「支えられる側」として見るのではなく、
その人たちが持っている経験や能力を生かし、一人ひとりが主役となって仕事ができる仕組みをつくっていたことです。
「地域には、まだまだ眠っている価値があるのではないか。」
「それを見つけ、新しい形にすることで、地域そのものを元気にすることができるのではないか。」
そんなことを考えるようになりました。
そして、いつか自分も、こうした地域づくりにつながるような、意義のある取り組みをしてみたいと思うようになったのです。
それから時が流れ、7年前にゲストハウス「かたゑ庵」をオープンしました。
地域の人的資源を有効活用したいという思いから、外国人をターゲットにした「民食」という独自のビジネスモデルを発案しました。
観光地ではない漁村でありながら、海外から訪れる外国人に注目される新たな取り組みとして、マスコミにも次々と取り上げていただくことになりました。
これをきっかけに、さらに新たなアイデアを広げていこうと思った矢先、翌年にはコロナ禍に見舞われ、事業は大きな危機に直面しました。
もはや海外からの人だけではなく、県外から地元に来る人たちに対しても、流入制限など、地元にかなり気を使わなくてはならない状況になりました。
もはや、外国人と一緒に自宅で食事をする「民食」というビジネスモデルは、完全に消滅しました。
しかし、そこで立ち止まるのではなく、「まだ誰もやっていない、他にはないアイデアがあるはずだ」と、新しい取り組みを毎年試行錯誤しながら次々と実践してきました。
そして、なんとかここまで続けてくることができました。
振り返ってみると、その原動力の一つには、あの時に出会った横石氏の「葉っぱビジネス」があったのだと思います。
横石氏が「葉っぱ」に新しい価値を見つけたように、私も自分のいる地域を見渡し、そこにあるものをもう一度見つめ直すようになりました。
美しい島根半島。
国立公園内・ジオパーク。
赤瓦の古民家。
生活感のある落ち着いた漁村。
夜の静寂と月明りが水面を照らす港内。
町内の素朴な神社や禅寺。
漁網を補修する漁師。
そして、ここで暮らす人たち。
さらに、ここを目指して訪れてくれる国内や外国人の人たち。
一見すると、都会や有名な観光地が持っているような、分かりやすい、あるいは刺激的な観光資源ではありません。
しかし、見方を変えれば、そこにはこの地域にしかない大きな価値があります。
それらを組み合わせ、今までになかった体験や交流の形に変えていく。
一方で、自分自身のスキルも磨き、認定カヤックインストラクターやジオガイドの資格も取得していきました。
現在の「かたゑ庵」で私がやっていることを振り返ると、横石氏から受けた衝撃が、形を変えながら今も自分の中に生き続けているのだと感じます。
横石氏からすれば、あの日、講演を聞きに来た一人の起業家のことなど、もう覚えておられなかったかもしれません。
それでも私にとっては、その出会いが、その後の生き方や仕事を考える上で、大きなきっかけの一つになりました。
いつかまた横石氏にお会いして、
「あなたの話を聞いて、私はこんなことを始めました。」
「こんなことに挑戦しています。」
と、かたゑ庵の活動を報告できたらと思っていました。
ところが、昨日の「プロジェクトX」を見て、横石氏が昨年、ご病気でご逝去されていたことを初めて知りました。
とても残念でなりません。
そういえば、横石氏が審査員のお一人だったアワードに、私は今年も続けてエントリーしています。
昨年は審査員として横石氏のお名前があったのですが、今年はその名前がありませんでした。
お忙しいのだろうと思っていました。
しかし、まさか、もうお会いすることができないとは、その時は思いもしませんでした。
横石氏の功績は、地元に石碑が建つほどです。
そして、その功績だけでなく、その考え方や生き方は、これからも地域で何かを始めようとする人たちに、きっと新しいヒントを与え続けていくのだと思います。
私もその一人です。
そして今、あらためて思います。
横石氏から直接受け取ったものを、私はこれからも自分なりの形で実践していきたい。
もう横石氏に直接、活動を報告することはできません。
だからこそ、これから自分がやっていくことそのものを、天国でご覧になっている横石氏への報告にしていきたい。
あの時、横石氏から受けた衝撃を胸に、
これからも地域にあるものを見つめ直し、
新しい価値を生み出すことに挑戦しながら、日々研鑽していきたいと思います。