日本海の津波は早い、5~7分くらいで到達も。だから「津波てんでこ」

1993年7月、北海道南西沖地震。

最大の被災地となった奥尻島では、最大29メートルの津波に襲われ、

死者・行方不明者は198人にも上りました。

そのドキュメンタリー番組が当時あり、

今回の津波警報で、その時の記憶が今、一瞬によみがえってきました。

 

昨日、かたゑ庵から出かける少し前でした。

町内にサイレンが流れました。

その時点で、新年の消防の行事かなと思っていたら、

続いてメッセージが流れてきます。

この声は、北朝鮮のミサイル発射の時のあの声。

「ああまたミサイルでも・・」と

思ってたら、

津波の警報とわかった。

テレビでは、緊急速報。

そして、この時に思い出したのが、

あの30年前に見た、奥尻島の災害ドキュメンタリー番組(NHKだったと思う)。

思い出した瞬間に「5~7分しかない!」

 

お客さんはいない、宿泊予約もない。

ガスの元栓を閉める。

それで

すぐに外に出る。

 

目の前で、海を見ながら立ち話の近所の人。

「日本海側の津波は早い、すぐ逃げましょう」と声をかけ、

車の移動を。

 

次に近所の

子ども連れの6人家族の方が見え、車のそばで戸惑っている様子。

「すぐに逃げて、そしてこんな場合、

子どもたちにどこへ逃げればいいか、

教えてあげてください。

親がいない時でもすぐに行動を起こせるように。

うちの子もそうしていました」

 

更に

目につく人には

「逃げましょうにげましょう。空振りになるかもしれませんが」

そう声をかけて車を移動。

 

そして、

今のところ現在まで空振りでしたが、

しかし、

空振りでなかったら、

あのドラマの再現を見ることになったかもしれないと。

 

そこで

思い出してもらいたいキーワードは、

3.11釜石の奇跡の「津波てんでこ」

ポイントは、日本海側の津波は、数分で到達するということ。

それを踏まえた”特別な避難計画”がなければ、なりません、

それが「津波てんでこ」にすべて込められていると私は思っています。

 

大丈夫かと、ご心配の連絡いただいた方へ

ご心配いただきありがとうございます。

津波警報前は、片江湾は何もなくおだやかな凪だった日でした。

警報後いつもと違う波立ちが防波堤の外海で確認されていますが

かたゑ庵もとより町内直接の津波の影響はありませんでした。

一方、今回の地震と津波で災害に遭われました方々の状況の深刻な状況が刻々と報道されています。

この災害からどうか、ひとりでも多くの方が生き延びていただけますよう願っております。

 

 

なお、13年前の3.11時、当時美保関小学校PTAで取り組んだ内容です。

特にNTT伝言ダイヤルを学校との安否確認に使った事例は、

そのまま今でも生かせますので参考までにここで紹介します。

特に、3,11では、携帯電話をはじめ、停電による通信システムのダウンなど、

ほとんどの連絡手段が失われていました。

そこで、学校と家庭を結ぶ、様々な連絡手段を考えました。

アマチュア無線保持者、船舶無線保持者(漁村ならでは)の保護者の確認と協力のお願い。

更に、NTTの伝言ダイヤルの活用を提案。

これは、災害時、学校にいる児童の安否について連絡手段の一つとして、NTT伝言ダイヤルを使い、

その「アクセス先電話番号を学校の電話番号」を使う。というルールを取り決め。

そして、そのNTT伝言ダイヤルを使った訓練を保護者の協力を得て行った。

その方法は

学校でNTTの伝言ダイヤルにメッセージを吹き込んで、それを保護者が自宅で聞くという演習を行った。

毎月、1日と15日は、伝言ダイヤルが災害時と同様に使えるので、その日を使った。

単なるメッセージではおもしろくないので、学校で考えたクイズを録音してもらい、

その答えをツイッターで上げるという訓練を行った。

これは情報の拡散を狙ってのこと。

これらは、2011年の震災の年に美保関小学校PTAで行った実例です。

今でも、可能で、特別な機器もいらず

NTTの伝言ダイヤルのアクセス番号を学校の電話番号にするという取りきめだけで運用可能。

当時、情報発信の様々な可能性について学校と協議し、下記はそれを図にしたものです。

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