青年の船inかたゑ庵。にっぽん丸船内へ

「かたゑ庵かわら版2019年」
タイトルは「5年後片江は、国際交流村と呼ばれてるかも」

当時、回覧板でこの片江地区内へお伝えした時のものです。
ちょうどノルウェーから14名の団体がかたゑ庵で竹のワークショップを初めて行った時です。
その漁村内への報告として行いました。
オープン当時の民食のアイデアは、様々なマスコミが取り上げ、クラファンも成功し、
意気揚々と年を越せば、2020年からのコロナ禍。
その中で、この漁村で10年暮らしたこともあり
自分も漁村内のひとりと思っていましたが、
しかし、コロナ禍は、容赦なくよそ者であることを肌身で実感させました。

国際交流村?
それは夢のまた夢と、挫折の中で、もがいてきました。
しかし、
地元の人間関係を努めて広げる中、
私を支えてくれる人もいて

観光地でないこの漁村で、観光資源を探し求め、ひたすら
あきらめず様々な取り組みをしてきたことが、今回の発表の源泉となりました。

今回かたゑ庵へ来てくれた12か国の青年たち、
私の途切れ途切れのつたない英語のスピーチを通して
私が今までやってきたことが、
どのように評価されるのか
じっと彼らの目を見ながら
その瞳に問うてみたいと思いました。
スピーチの後の大きな拍手さらに、

一日置いて、この船内でこちらに駆け寄ってくる青年たちのうれしそうな姿は
忘れられません。
私の今後の強い新たな原動力になったことは間違いありません。
このような機会をいただいた、

このプログラムにかかわったすべての方々に改めて感謝します。
そして私を支えていただいた方々がいたからこそ、ここまで来れました。

ありがとうございました。

青年の船inかたゑ庵。にっぽん丸船内へ” への1件のフィードバック

  1. 動画記録、おったまげました!
    自分も船内に入っていくかのような臨場感。(ほぼブレていないのはすごい)出会った皆さんの、生の言葉、表情、青戸さんと交わし合う笑顔!間違いなく最高の時間の続きが船内にあったことが伝わりました。
    5年前のかわら版にある営みの原点から、コロナ禍という嵐を泳ぎ切り理想郷に近づいた「かたえ庵」いや、片江地区や協力者の皆様と共に前に進んだ5年間の感触?を思いました。
    これからも、素敵な方々が寄港するかたえ庵であることでしょう。
    でも、私のように、横着者でふらふらしている様な者も、旅の途中立ち寄れるかたえ庵であって欲しいと、願ったり夢見たりします!
    まずは、かたえ庵の歴史に残る一大イベント、お疲れ様でした。(きっと疲れていないと思いますが 笑)

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